5月
13th
水
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文フリTwitter本、インターネットの外へ
- これは文学フリマの「Twitter本」に寄稿するにあたってずっと気になっていたことで、あの本は80冊が配布されたから、私の文章はだいたい100人くらいが読む可能性がある。なのだけど、あれをブログに書いてTwitter上で宣伝すれば、たぶんその日のうちに100人以上が読む (http://twitter.com/ffi/status/1771773370)
- そしてたぶん12usersくらいブクマ付くんじゃないかと思うし、そうするとたぶん400人くらいが読むだろうなあと想像する。(http://twitter.com/ffi/status/1771779340)
- 「読まれたい」という気持ちのほうが強いから、本当はブログの記事にしたいなあと思う。内容はたいしたことない文章だと思うけど、書くに当たってはそれなりに時間かけてるし。 (http://twitter.com/ffi/status/1771788381)
- ただ、できあがった本を見てみると、この「本」という形式の中に自分の文章がある、という価値は確かに感じられた。それは一種の自己満足なんだろうけれど、「読まれたい」という願望だって同じように自己満足だ。(http://twitter.com/ffi/status/1771801437)
- ネットの外に出るとはどういうことなのか。ちょっと気の利いたことを書いてちょっと認められるためにはネットはとても便利だ。ニコニコの音楽系もそうだし、絵だってネットで完結できる。外に行く必要はあるのか(http://twitter.com/ffi/status/1771842396)
- もちろん外に出ることでより高い場所に行けるのだろうけれど、ちっぽけな自尊心を満たすためならネットのなかで完結させられる。外へいく理由は、そうじゃなくて、「外が好きだから」なのかも(http://twitter.com/ffi/status/1771850045)
- 本という形、紙に印刷されたもの、あるいはライブであること、それとも「仲間と出会う」こと、そういう「ネットじゃないことの価値」に意味があるから同人イベントは成立するのか(http://twitter.com/ffi/status/1771862781)
- 初音ミクの歌が録音されたものであっても、それを「仲間」たちといっしょに聴くことに価値を見い出せる人がいるからボカロDJイベントは成立するし、それは幼稚園の学芸会に家族みんなで見に行くことと意味としてはたぶん同じ(http://twitter.com/ffi/status/1771876629)
- 「それインターネットだけでできるよ」がアリだった世界はいまはもうなくて、接続の魅力をわたしは知ってしまったのかも(http://twitter.com/ffi/status/1771885891)